元慰安婦の損害賠償訴訟と、韓国の三権分立
2019-03-26


民事の裁判では、相手型に訴訟が開始されたことを通知する手続きが必須です。そうしないと、裁判が始まったことも知らないで、従って、十分の法的な防御を行うこともできず、欠席裁判で敗訴してしまいます。これが訴状の相手方への送達という手続きです。原告がどういう相手に対して、どのような理由で、裁判で何を求めるかを明確に記載した文書が訴状です。これを被告に届ける手続きが送達です。

外国に居る相手方に訴状を送達するためには、その外国の協力が必要になります。裁判所の吏員が無断で外国に行って、相手方に訴状を渡したら、その国の主権を侵害したことになってしまいます。外国公務員の公権力行使に当たるからです。

国際的訴訟の度に、訴状の送達について、一々、外交ルートを通じて外国当局にお伺いを立てていては面倒だし、断られる可能性も高いのです。そこで、グローバル化の進展に伴い、訴状送達について条約が締結されています。「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(略称、ハーグ送達条約)です。条約で約束した国内当局を経由した、条約の条件の通りの訴状であれば、裁判を行う国の裁判所等に代わって、相手方の居る国の裁判所等が送達を行うことを義務付けられます。

日本も韓国も送達条約の締約国ですから、条約が法として両国を拘束します。元慰安婦が提起した、日本を相手取った損害賠償請求訴訟の訴状を、韓国の裁判所が受理した場合、裁判の審理のために、その訴状を日本の政府機関に送達しなければなりません。ハーグ条約に則り、わが国の外務大臣に協力要請があったら、わが国は本来これを拒むことができません。しかし、この裁判については、日韓請求権協定や、慰安婦問題についての政府間合意などに反して提起された韓国国内における裁判に、国家としてわが国の出廷を求めるものなので、条約13条に基づき、わが国の主権侵害に当たることを理由に、送達を拒絶したもようです。

この場合に、韓国裁判所としては、条約15条に基づき一定期間の経過の後、裁判を行うことを宣言できます。

(4)韓国国内における裁判の公示?

前述の記事は、韓国裁判所が裁判を公示したので、自動的に審理が開始されるとしています。国内の裁判であっても、被告が行方不明であるような場合に、訴状の送達ができないと、公示送達が行われます。わが国の場合、裁判所前の掲示板に、訴状が一定期間、張り出され、そのことによって訴状の送達があったとみなされるのです。被告が出頭しないときに、欠席裁判になり、原告がほぼ100%勝訴します。韓国裁判所は、何らかの理由で、公示送達に類似の手続きを用いたようです。

外国国家に対する国内の裁判で、外国が訴状の受け取りを拒絶している場合に、公示送達の方法によるというのが、元慰安婦問題に関する裁判では、日本の主張に相応の根拠があると考えざるを得ないことからして、随分と不可思議な手続きを行なっているように見えます。

そこで韓国で、自動的に審理が始まったとしても、日本政府が裁判に出頭するとも考え難いですし、仮に、原告勝訴の判決が下されたとしても、日本が任意にこれを支払うとも考えられません。それでは、韓国にある日本政府の財産に強制執行が可能かというと、主権免除に関する前述の条約によると、在外公館の財産等は強制執行を免れることが規定されています。条約の発効や締約国か否かに関わらず、そのような強硬な措置に出ることは無いだろうと予想します。

更に、以前のブログで説明した外国判決の承認執行の制度があります。実質的再審査禁止の原則の下で、全ての手続きを再度行うことなく、一定の要件があれば、外国判決に自国判決と同様の効力を与える制度です。これについても、原告勝訴の韓国判決は、わが国公序に反するという理由で、日本の裁判所が承認・執行を拒絶する蓋然性が高いです。


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プロフィール


職業:大学教員
専門分野:国際関係法・抵触法
専攻:国際取引法及び国際経済法
  簡単に言うと、貿易を行う企業が他国の企業と訴訟を行う場合の法律問題です。また、WTOや経済連携協定の内容、EUのような国家連合、アメリカ合衆国の通商法について興味を持っており、大学で講義をしています。
1959年生まれ

ちなみに、ゲイではありあせん。

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「寡黙な国際関係法」(大学の授業用HP)
http://www.geocities.jp/gnmdp323/

「裁判のレトリックと真相」
筆者が原告となった裁判を通じて、裁判制度の問題を扱っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~aj9s-fw/index.html


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