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広田 照幸「コロナ危機でわかった、日本の学校に教職員が「23万人以上足りない」現実 「令和の学校教育」に向けて必要なこと」現代ビジネス(
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日本大学教授である広田氏のweb記事です。5月、政府が9月入学の導入について検討を始めたときに、反対を表明した教育学会の会長です(参照、日本教育学会声明。(
[URL]))。小池知事や吉村知事ら複数の政治家が賛成を表明したことに対して、文科省で記者会見を開いた広田氏が、「教育制度の実態をあまり知らない方が、メリットだけ注目して議論している。財政的にも制度的にも大きな問題を生む」と述べていました(共同通信。
[URL])。
現代ビジネスの広田氏の記事によると、コロナ前の段階で、学校は既に手一杯だったとされます。1980年代以降、個性重視の教育原理に変わり、「子供達に考えさせ表現させるような教育が推奨される」ようになった、2020年の新指導要領では、「主体的・対話的で深い学びへの転換が求められている」そうです。文科省の発出する学習指導要領が時代とともに変わって行くのです。指導要領が変わる度にその対応に追われ、それに従ったカリキュラムを進め、全国で画一的な学校行事を遂行して行くだけでも大変そうですが、それに加え、日々の雑務に追われ、超過勤務を強いられて、教職員が疲弊しています。
個性を重視し、自分で考え、発表するということがいかに大切なことか、大学教員のはしくれである者にとってこそ、痛いほどよく分かります。
日本の大学生は自分の考えを発表することが本当に嫌いです。むしろ、考えるということ自体が苦手なのではないかと思えます。大学で行う学問は、通常、答えがありません。正解がないということに、学生らが慣れていないのです。
その先生がどう考えているのか?それが学期末試験の正解なのだから、それだけ丸暗記しておけば良い。考える筋道はいらないから、手っ取り早く正解を教えてくれ。
それまでの学校教育では、恐らく、教師が板書する内容を、児童・生徒達がノートに丸写しし、教師も、ここが大事だ、ここが試験に出るから「覚えておきなさい」と強調します。この一方通行の、指導要領に従ったカリキュラムの内容を詰め込み式に丸暗記させる教育が、個性を重視した、考えるための授業であるとは思えません。私が、小学生だったころ、かれこれ50年以上も前ですが(笑)、上述の80年代における教育原理の転換を経て、どれ程変わっているのでしょう。
一口に大学生と言っても、千差万別、人により異なるのですが、一般的、標準的な大学生は、上に述べたように「正解」ばかり求め、自分で考えようとはしない傾向が強いようです。新入生に対して、大学教員がまず教えないと行けないのは、今までの勉強とは違って、大学の学問というのは「答えが無い」ということを学ぶことなのだということです。
今までの勉強とは違う?
高校までの学習と、大学での学問とは、勉学の在り方が質的に異なっているということは確かです。大学以前には、日本における各学問領域における水準を標準的な内容として、理解し、記憶することが重要なのでしょう。大学になって始めて、真の学問とは正解がないものであり、真理を追究し、考え抜くことであることを知ってもらわないといけないのですが・・・。それまで叩き込まれてきた勉学の態度を、容易には改めることができないようです。そのような学生達と日々格闘している者として、大学以前に、自分自身で考える態度と、その考えを発表する姿勢を、何としても身につけて欲しいものだと、常々考えていたのです。
高校までの勉強を変えて欲しい。
プロフィール

職業:大学教員
専門分野:国際関係法・抵触法
専攻:国際取引法及び国際経済法
簡単に言うと、貿易を行う企業が他国の企業と訴訟を行う場合の法律問題です。また、WTOや経済連携協定の内容、EUのような国家連合、アメリカ合衆国の通商法について興味を持っており、大学で講義をしています。
1959年生まれ
ちなみに、ゲイではありあせん。
同じ筆者のホームページ
「寡黙な国際関係法」(大学の授業用HP)
http://www.geocities.jp/gnmdp323/
「裁判のレトリックと真相」
筆者が原告となった裁判を通じて、裁判制度の問題を扱っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~aj9s-fw/index.html
Twitter@eddyfour3
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