国際法違反に対する対抗立法−元徴用工裁判
2019-07-20


韓国元徴用工裁判を巡る日韓の緊張がますます高まっています。

 半導体材料などの韓国向け輸出規制の厳格化については、前のブログで扱いました。日本政府は、表向きは元徴用工裁判とは直接の関係がないとしていますが、その他の問題を含めた韓国政府の対応により、信頼関係が損なわれたことを背景とすると説明されています。

 元徴用工が損害賠償を求めた民事裁判が確定し、その強制執行手続として、日本企業の財産が韓国内において差し押さえられているのですが、原告団が換金手続に移行するよう裁判所に申し立てました。日本企業側の財産が、競売により換金され、被害者に分配されるということです。これに対して、韓国国内法に基づく、法執行が日韓請求権協定という国際法に違反するとして、日本政府が強く抗議し、国際仲裁を要求しています。韓国政府が仲裁に応じないので、国際司法裁判所への提訴が検討されています。

 実際に、判決の強制執行があり、日本企業に実際の損害が発生した場合、日本としては次の対抗的措置を考慮しています。日本が外交保護権を行使して、韓国国内で損害を被った企業の損害の回復を図るというものだと報道されています。まだ、このことについて、詳細を承知していないので、外交保護権の行使とは異なりますが、国際法違反の外国国家の行為に対する、日本の最初の対抗立法について、紹介します。アメリカの国内通商法が問題とされました。


1,1916年アンチダンピング法

1916年アンチダンピング法は、アメリカ国内法で、貿易上のダンピング行為によって被害を受けた者が、ダンピング企業に対して賠償金を請求可能とする法律でした(2004年廃止)。過料、拘留などの刑事罰を含みます。原告は、一企業でも良いのですが、損害賠償を認められるためには、加害者(ダンピング企業)側に、アメリカの国内産業に損害を与える意図が必要です。そして、私人が、相手方企業に対して、実損害の3倍の懲罰的な損害賠償を請求できます。

 この法律に基づき、1997年及び98年に、日本及びヨーロッパの企業が高額の損害賠償を請求されました。アメリカの製鉄会社が、アメリカ国内の輸入者、特に、外国企業子会社を相手取り、1916年法に基づき、損害賠償請求を行ったアメリカの国内裁判です(ジュネーブ・スチール社事件、及びホイーリング・ピッツバーグ・スチール社対日本商社(三井物産、丸紅、伊藤忠の米国子会社)。

 80年代から90年代に巻き起こされた鉄鋼業の熾烈な国際競争を背景に、殊に、90年代半ばに鉄鋼の国際的な余剰を生じたので、アメリカが国内鉄鋼業を守るために、輸入鉄鋼に対して、ダンピング税を課していました。WTO上も、不公正なダンピングを行う外国企業に対して、国家がダンピング防止税を課することは認められています。ここでの問題は、アメリカの関税ではなく、1916年法が、私人がダンピング企業に対して、懲罰的な損害賠償を請求できるとする点です。上記の裁判は、外国製鉄会社が製造した鉄鋼をアメリカに輸入した、外国企業の米国子会社である輸入者に対して提起されました。

 この1916年法がWTO協定に違反するとして、日本及びEUはWTOに提訴し、2000年9月には、上級委員会の報告書が紛争解決機関において採択され、1916年法のWTO協定違反が確定しました。WTO協定(ダンピング防止協定)が、協定に規定する厳密な要件と、厳格な調査手続に基づき、ガットの規定する効果、すなわちダンピング・マージンを最大限とするダンピング税を賦課することのみを認めているのであり、私人による民事請求により、3倍額賠償を認める1916年法自体が、WTO協定に違反しているとされました。アメリカ国内法が国際法であるWTO協定に違反するとされたのです。


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プロフィール


職業:大学教員
専門分野:国際関係法・抵触法
専攻:国際取引法及び国際経済法
  簡単に言うと、貿易を行う企業が他国の企業と訴訟を行う場合の法律問題です。また、WTOや経済連携協定の内容、EUのような国家連合、アメリカ合衆国の通商法について興味を持っており、大学で講義をしています。
1959年生まれ

ちなみに、ゲイではありあせん。

同じ筆者のホームページ

「寡黙な国際関係法」(大学の授業用HP)
http://www.geocities.jp/gnmdp323/

「裁判のレトリックと真相」
筆者が原告となった裁判を通じて、裁判制度の問題を扱っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~aj9s-fw/index.html


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