第二に、二国間条約により、その放棄が規定されることがあるということです。被害者にとって、酷なようでもありますが、その賠償としての性格をも有する金銭ほかの便益が、当事国に対して交付されることで、被害者のいる国が、その補償の責任を負うということを、国同士が約束したのです。国同士の約束としての条約・協定というのは、当事国間における「法」です。締約国国内において法としての効力を有するものです。上に述べたように、国際人道法上の犯罪について、個人に対する刑事訴追を可能にするべき責任を免れないし、条約の方法によって他国にその責任を免れさせることができないことは、ジュネーブ条約等に明らかですが、これは別論です。韓国が、独自の国際法解釈に基づき、後から、日韓請求権協定の個人的賠償請求の部分についてのみ無効化することは許されないというべきです。
第二次世界大戦後、幾つかの国の国内裁判所で戦後賠償訴訟が提起されています。戦勝国ないし非占領国の国民である戦争被害者が、自国及び敗戦国において、相手国ないし私人に対して損害賠償請求訴訟を提起するのです。日本でも、朝鮮半島出身者及び中国人による、多くの訴訟が提起されたのですが、上訴審も含めると結論的に賠償が認められていません。西松建設という日本企業が任意に和解に応じた例があるのみです。概ねわが国の裁判所は、上記ハーグ条約に基づく賠償請求を認めていません。紛争下における非人道的行為に対する個人の請求権が存在するとしても、その救済方法をいかに確保するかは、各国に委ねられた問題であるからです。
やや難しくなりますが、もう少し説明すると、条約が賠償に対する基本的な権利を認めているとしても、直接、条約に基づき国内裁判所で請求できることには必ずしもならないということです。国際法は、基本的には国家間の法として国を義務づけます。国に対して、そのような賠償の権利を確保するように、立法や裁判の方法を提供するように義務づけるのみです。私個人の見解を少し開陳しておくと、確立された国際法上の個人の権利であれば、国内私法上の一般条項ないし白地規定の解釈上、保護に値する法的利益として考慮し得ると考えています。国際法上認められる個人の請求権といっても、強いものから弱いものまで存在するでしょう。具体的には、わが国民法上の、契約ないし不法行為に係る一般条項ないし白地規定の解釈上、賠償に有利に考慮されると解します。
但し、ここでも、個人的請求権について放棄する二国間条約が他方の考慮要素となります。徴用工に関する個人請求についても、日韓請求権協定が存在するので、結論的には賠償が否定されます。条約は、締約国間の法です。締約国は、条約の締結時における合意内容に拘束されます。後から、独自の解釈に基づき一方的に解釈変更を行うべきではありません。条約の改定などの、新たな合意が目指されるべきですが、これも他方の国が認めない限り許されません。条約内容が、国際公序に重大に違反することが明白であるなどのことがない限り、「条約」という国際法の性質から当然です。
以上を、まとめておきます。
・戦争被害に対する個人的請求権が存在することが国際法上承認されている。
・直接請求が可能であるような多国間条約は存在しないが、国内私法上の一般条項ないし白地規定の解釈上、法的に保護されるべき利益として考慮され得る。
・国際人道法上の重大な違反を含めて、一括方式により、当事国間の賠償により、相互に個人的請求の放棄を規定する条約が可能である。
・国際人道法の観点から、一括方式により賠償を受けた国は、自国にいる被害者に対して十分の補償を与えるべきである。
プロフィール

職業:大学教員
専門分野:国際関係法・抵触法
専攻:国際取引法及び国際経済法
簡単に言うと、貿易を行う企業が他国の企業と訴訟を行う場合の法律問題です。また、WTOや経済連携協定の内容、EUのような国家連合、アメリカ合衆国の通商法について興味を持っており、大学で講義をしています。
1959年生まれ
ちなみに、ゲイではありあせん。
同じ筆者のホームページ
「寡黙な国際関係法」(大学の授業用HP)
http://www.geocities.jp/gnmdp323/
「裁判のレトリックと真相」
筆者が原告となった裁判を通じて、裁判制度の問題を扱っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~aj9s-fw/index.html
Twitter@eddyfour3
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