国際私法への招待
2018-07-07


歩行者は、傷害を被り、重度の後遺障害が残ったとすると、自動車の運転者を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起するでしょう。日本では、自動車損害賠償責任法により、いわゆる自賠責保険の加入が義務付けられているので、その範囲までは通常問題なく、賠償を受けられるでしょう。しかし、被害者がこれを超えた部分の補償を得ようとすると、任意保険で賄われるのでない限り、損害賠償を加害者に請求するほかありません。快く支払ってくれないと、裁判所に行って民事訴訟を提起することになります。裁判所が民法を適用して、損害賠償を認める判決を下すと、相手が嫌だと言っても、裁判所が強制執行の手続きに従い、判決で認められた金銭を取り立ててくれます。

ここまでの例では、どのような種類の法が関係したでしょう。

郵便法や道交法の規定を行政取締法規と呼びます。傷害罪や危険運転傷害罪に関する刑法や特別刑法の刑事法規が関係しました。損害賠償については、自賠法や民法が適用されます。このほか、裁判手続きについて規定している刑事訴訟法や民事訴訟法という手続法に従います。

以上のうち、行政法や刑事法、及び手続法が公法に分類され、民法や商法は私法に分類されます。前者は、公(おおやけ)と市民との関係を規律する法分野です。後者は、市民相互間(私人と私人)の関係を規律する法分野です。

道を歩けば法にぶつかる?! 普段は分からないのですが、一旦、何らかの問題を生じると、法の存在に気付かされます。この世の中、法で満ち溢れているのです。

3、国際事件での法適用―公法

日本国内において完結する全くの国内事件では、以上のような法の適用について、日本の法以外は意識しないで済みます。しかし、国際的な関係を有する事件ではどうでしょう。

一般に、一国の公法は、その国の領域内で適用されます。外国の公法は適用されません。例えば、右側通行か左側通行かについて、日本で外国の交通法規を遵守する訳にはいきませんね。わが国の交通に関わる秩序維持の観点から必要不可欠のことです。刑事法についても、外国の刑法をわが国の裁判所が適用して、被疑者を裁くということはしません。わが国の刑事法を適用するのみです。

外国の個人や企業がわが国の領域の中に足を踏み入れたとすると、それらの個人・企業はわが国の公法に服する必要があります。

しかし、公法はその国の領域内で適用されるとしても、外国で生じた事件に全く無関心であるかというとそうではありません。

例えば、刑法1条1項は日本国内でなされた犯罪に日本の刑法が適用されることを規定していますが、2条には、全ての者の国外犯として、例えば、国外で、日本における内乱を準備したり、兵器や資金を提供すること、外国に日本を武力攻撃するように仕向けること、日本の通貨の偽造や有価証券を偽造することに対して、日本の刑法が適用できると規定されています。3条は、日本国民が国外で殺人や放火、誘拐、逮捕監禁など重大な犯罪行為を行った場合に、4条では、日本国民が国外で、殺人や傷害、誘拐、逮捕監禁、強盗など重大な犯罪の被害を被った場合に、日本の刑法が適用できるとしています。

もっとも、日本の捜査当局が国外において、断りもなく犯罪捜査を行い、被疑者を逮捕し、日本に連行することはできません。その外国の主権を侵害することになります。被疑者がわが国に居る間に拘束し、日本の刑法が適用されて有罪となると、日本の刑務所に収監されるなど、刑罰を加えられることになります。

刑法2条ないし4条は、犯罪が外国で完遂された場合にも、わが国刑法を適用できる犯罪類型です。

他方、刑法175条のわいせつ物頒布等の罪について、興味深い論点が存在します。


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プロフィール


職業:大学教員
専門分野:国際関係法・抵触法
専攻:国際取引法及び国際経済法
  簡単に言うと、貿易を行う企業が他国の企業と訴訟を行う場合の法律問題です。また、WTOや経済連携協定の内容、EUのような国家連合、アメリカ合衆国の通商法について興味を持っており、大学で講義をしています。
1959年生まれ

ちなみに、ゲイではありあせん。

同じ筆者のホームページ

「寡黙な国際関係法」(大学の授業用HP)
http://www.geocities.jp/gnmdp323/

「裁判のレトリックと真相」
筆者が原告となった裁判を通じて、裁判制度の問題を扱っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~aj9s-fw/index.html


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